2014クリスマス礼拝 2014クリスマス礼拝

 
第1部 クリスマス礼拝

日 時:2014年12月13日(土)15:00〜16:00
場 所:立教学院聖パウロ礼拝堂(立教新座チャペル)
 
司 会:宮本 副会長
受 付:森田、古平、春名、中野、石田、宝地戸
出席者:123人
 

会長挨拶:宮本副会長代読
セントポール会主催のクリスマス礼拝に沢山の皆様にご参加いただき有難うございます。このクリスマス礼拝は生徒達が普段どんな風に礼拝をしているか、生徒達がどんな環境で立教に触れているか保護者の方に少しでも感じていただければと思い主催しています。短い時間ですが、一部でクリスマスならではの礼拝を感じていただき、二部では音楽部活動のミニコンサートを楽しんでいただきたいと思います。

校長挨拶:渡辺憲治校長
本日は寒い中沢山の方のお集まりいただき有難うございます。開会にあたり一言お話しさせていただきます。「神の子イエス」という言葉があるのですが、それと同じように「人の子イエス」という言葉があり、新約聖書には80回以上出てきます。「神の子イエス」という言葉は私にはすぐに理解できるのですが「人の子イエス」という言葉はなかなか理解できません。人の子という言葉の中には人間の形をしたとかの解釈はありますが、自分の子というだけではなく、他人の子というようなニュアンスがあるのではないかと思います。私達はクリスマスになりますと誕生日の事を思い出します。自分の子供、孫の事を考えることは容易ですが、他人の子供の事まで考える事はなかなか難しい事だと思います。人の子という場合に、私たちは愛する自分の子を徹底的に思う事で、その思いが深ければ深い程他人の子の事を考えるのではないかと思います。イエスという存在が自己愛から更にもう一つ広がる世界へのメッセージではないかと考えます。 光輝く神の子らしく光の子らしく歩めと言いますが、光を見れば見るほど影の事を思わなければなりません。このチャペルはノアの箱舟のような形をしております。みんな共にあるという事が、このチャペルの一つのメッセージでございます。今日は自分達の子供への思いと同時に多くの他者への愛を考えていただきたいと思います。クリスマスおめでとうございます。一緒に楽しみましょう。
 

司 式 :西海雅彦チャプレン
聖書朗読:森田珠貴さん(高校3年学年委員長)
古平眞理子さん(高校2年学年委員長)
春名智恵さん(高校1年学年委員長)

 
奨 励:鈴木伸明チャプレン
本日は大勢のセントポール会の皆様においで頂きクリスマス礼拝をご一緒出来ます事を本当に嬉しく思います。私達の学校では学年毎にクリスマス礼拝を行います。そこで読まれる聖書の箇所は今日の式文に載っているものでそれを分けて読んでいます。中学1年生は第2日課の前半、イエス・キリストが生まれた場面を読みます。中学2年生は後半の部分、羊飼い達の話の所。中学3年生はマタイによる福音書の最初の所の違う角度から見たクリスマスの物語を読みます。高校1年生は高校から入学する生徒もおりますので、再度第2日課の前半、イエス・キリスト誕生の場面。高校2年生は第3日課、3人の博士といわれます占星術の学者の物語。高校3年生は第4日課ヨハネによる福音書の最初の所を読みます。第4日課では世界を孤独で作った神がこの世界に1人の神の子を遣わした。その神の子は真の神であると共に真の人間であった。直接目で見る事ができ、手で触れるような形で神が私たちの世界にやってきたという事を語っています。今日現在クリスマス礼拝は中学では全て終わり、高校生は来週、3年生は終業式の日に行う事になっています。
 
第1日課から簡単にその流れをお話ししたいと思います。聖書の中でイエス・キリストの誕生に係わる物語は正にこれしかありません。もう一か所はマタイによる福音書が示しますこの世の父ヨセフの立場から見た物語です。イエス・キリストが誕生した場面について書いてあるのは第2日課のルカによる福音書2章1節〜7節、10行あるかないかのこれだけです。皆様が聞く全てのクリスマスの物語はこの聖書の箇所が基になっています。
 
話はイエス・キリストが生まれる10月、10日前、ナザレという小さな村で14歳〜16歳の少女マリアの所へ天使のガブリエルがやって来ました。マリアは婚約中でした。天使は「あなたに男の子が生まれます。それをイエスと名付けなさい。」と言います。イエスという名前は「神は救い」という意味で、ユダヤの国、今のイスラエルで最も好まれている、一番多い名前でした。イエスというと素晴らしい特別な名前と思いますが反対で一番ありふれた一番普通の名前です。でもそれは大きな意味があります。今日の物語からわかる通り、お金持ちや権力のある人は一人もクリスマスの物語には出てきません。それは静かで貧しいマリアの所へ天使が訪れた話であり、蔑まされ、差別され、人々から卑しめられ喜びや希望など何もない人達に対する、この世最大の喜び、それが現実にこの世界にやってきた。それがこのクリスマスの物語であるからです。マリアはこの勤めを「お言葉通りこの身になりますように」と受け入れました。子供が自分の体に宿る、その子の命をこの世界に登場させる勤めがどういう事か、それが本当にこの世界のどんな喜びか、皆様が実感なさっている事柄であります。
 
さて第2日課を見ますと、この誕生はとても苦しい時代の出来事だった事が記されています。当時ユダヤの国は独立国ではなくローマ帝国によって属州支配をされています。属州支配では、ローマは全収入のうち税金として8割を取り立て、その税収で豊かな生活をします。しかもユダヤは自治組織があり自分の国を運営しなければなりません。旧約聖書のきまりで全収入の1割は神の物という事になっています。民衆は全収入の1割しか自分の事に使えない事になります。皇帝アウグストゥスが人口調査の命令を出していますが、これは家族の頭数での税金を取り立てるためのものです。人口調査の為にガリラヤのナザレから自分の出身地であるユダヤのベツレヘムへ行くには100km以上あります。臨月であるマリアにとって長旅は危険です。しかしこの命令は厳しく逆らうことは許されなかった。そんな中でイエス・キリストは産まれました。子供が産まれるというのは大きな喜びです。ユダヤの国でもその町全体が学士達も加わってその誕生を祝ったといわれています。ところがイエス・キリストの誕生で布に包まれて寝かされたのは飼い葉桶でした。人口調査の為に多くの人たちがベツレヘムを訪れていたため宿屋に泊まる所はなく、人間が産まれるのに最も適さないところで産まれ、寝かされるのに最もふさわしくない所に寝かされました。しかし彼らはくじけませんでした。この命をこの世界に誕生させるという思いがクリスマスの物語を成し遂げたのです。学士や周囲の人が喜ぶ姿もなく静かで誰にも知られる事のない誕生でした。しかしその誕生は近くで野宿していた羊飼いたちに真っ先に知らされました。羊飼いは当時、家もなく家族もなく蔑まされている人達です。ローマの悪政の中にあって社会的搾取の代表であり夢や希望も持てない人たちに喜びの知らせがもたらされた。メシアはこの世界に確かに現れた。ルカによる福音書を全部読みますと、イエス・キリストが神の言葉を伝えた相手は全て悲しみの底に沈んでいる人、声をあげたくてもあげられない人、権力も力も何もない人、差別の中で苦しんでいる人であり、その人たちに寄り添った。そしてこの世の物ではない喜びと希望を与えた。それがルカの記す福音(良い知らせ)であり、またクリスマスの物語もその中にあります。
 
クリスマスといいますと町の中の賑やかさが思い浮かぶ事が多いと思います。必ずしも悪い事ではありませんがキリスト不在のクリスマスが世界のあちこちで見られます。そうした中でこの世界で最初の静かなクリスマスを大切に子供たちに伝えたいと思います。そしてどんなに苦しくてもどんなに辛くても神はそれを救えない事はない。その悲しみや苦しい気持ちを喜びと希望に変える力を私達に与えてくれる。ルカが伝えたクリスマスの物語はこの事が事実であると語っています。クリスマスの物語を聖書それぞれご覧になりながら、この喜びを共に味わい、また子供たちと共に喜べたらと思います。


 
 
第2部 クリスマスコンサートについては 「クリスマスコンサート」のページをご覧ください。