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ラグジュアリーブランドのグローバル化

息子をグローバル社会へと送り出す前に
 
日 時:2015年10月10日(土) 14:00〜15:30
場 所セントポールズスタジオ
講 師井波 博氏(ブルガリ・ジャパン)

 
挨拶:宮本忠海会長
本日はセントポール会主催の講演会にお集まりいただきまして有難うございます。まずは部活動の成績報告をしていただき素晴らしいと思います。他の部活動も活性化が進んでおりまして今後も活躍を期待したいと思います。
(※ 部活動の成績報告は、このページの下に表示)
さて本日はブルガリジャパンの井波博さんをお迎えし「ラグジュアリーブランドのグローバル化」というテーマでお話しいただきます。今後、子供達が社会に出るときの参考にしていただければと思います。
 
挨拶:村上和夫校長
今日はお忙しいところお集まりいただきまして誠に有難うございました。在校生が日本中で活躍する話を聞きますと本当に嬉しいのですけれども、皆様方も嬉しさを分かち合っていただけたと思います。私達の学校は文武両道といいますか、一方で世界的に見れば、幅の広い教育を実践しておりますが、その成果が見られたのではないかという感じが致しました。
それではこの後、井波 博様にご講演頂きます。この方は立教小学校から立教大学法学部法学科に進まれ、1979年にご卒業されました。この時代はオイルショックで就職が非常に難しい中、サンモトヤマという会社にご就職されました。私はどうしてこの会社に入られたかという事を先ほど質問させて頂いたのですが、皆さんはこの会社をご存知でしょうか? 私は観光学部にいる時、一流の商品、宝飾品を入手したい場合にこの会社を利用すれば良いという事をある授業で学びました。その後1988年にアルマーニいう会社が日本に上陸してまいりました。この中でジョルジオ・アルマーニとエンポリオ・アルマーニという2つのブランドの拡大が井波様のお仕事でした。さらに、アルマーニ・コレツィオーニという新しいブランドを日本で作っていき、その旗艦店を銀座にお作りになりました。2007年にクリスチャンディオールの取締役バイス・プレジデントになられました。そして2011年にブルガリに移られ、リテールディレクターというお仕事をされております。今は立教大学観光研究所の特任研究員であり、でラグジュアリーブランド講座の講師もしていただいております。それでは井波様にご登場いただきたいと思います。どうやって立教の中で育ち、どうやって先端的な世界のトップビジネスに就職されようと思ったのか。その中で自分の嗅覚を生かしながら人生のキャリアを作られたか私はお聞きしたいとお願い致しました。ラグジュアリーブランドという物は、私たちの身近にある物ではございませんが、世界中には1億円以上の宝飾品をお買い求めになる方も相当数いらっしゃり、そういう方々を相手にどのようなビジネスを作っていくかというお話しもお聞きできるかも知れません。
 
井波 博先生
まずは経歴をお話させていただきたいと思います。私は立教小学校から立教大学、息子も小学校の44回生から大学を卒業、家内も立教女学院の出身と学校の事では全く立教の事以外は知りません。学生時代はのんびりと楽しい学園生活を過ごしました。就職の際、家は家業をしておりましたが、厳しい家業を選ばず、楽だろうと勝手に思いサラリーマンの道を選びました(実際には違っていましたが 笑)。雑誌や母が買い物をしていたという事で銀座のサンモトヤマという会社を選びました。この会社や茂登山会長はイタリアの国から勲章をもらったり、本も何冊も出ていたり、NHKで特集を組まれたりと日本のラグジュアリーブランド業界のパイオニアでありました。ラグジュアリーブランドの商品が何故高くて良い物なのか、初めは判りませんでしたが一つ一つ会長に聞きながら、叩き込まれ、十年間過ごしました。その頃、各総合商社が海外からのブランドを直接展開するという大きな波がやってきます。私は伊藤忠商事が設立したジョルジオアルマーニジャパンという会社に転職しました。この会社を仕掛け作ったのは伊藤忠商事の現社長の岡藤さんです。彼は、伊藤忠きっての切れ者で、この当時海外のビッグブランドと、どう契約し商売に結び付けていくかという事で様々な会社と契約していき現在の社長にまで上り詰めましたが、そのきっかけとなった会社がジョルジオアルマーニジャパンです。ここで20年を過ごし、会社でやるべき事をほとんどやり遂げた頃、コンサルティングカンパニーよりお声が掛かり、クリスチャンディオールという会社に移ります。この会社には、日本においてカネボウがライセンス契約で行っていたブランドビジネスを、LVMH買収した際、新たなステージに持っていく為に入りました。ここで4年ほどした後2011年、同じLVMHのグループ内のブルガリジャパンにモビィリティーで異動し5年目に入ります。2011年に入った時は震災があり、マーケットは非常に厳しかったのですが、今は海外からの爆買いという状態の中で仕事をしております。ここで業界の歴史を簡単にお話させていただきます。1800年代にはエルメスやブルガリのようなブランドが既にあり家業として継がれていました。エルメスは馬具、ルイヴィトンはトランクというような商品を富裕層向けの為に作っていました。1900年代初めの頃には移動のためのバッグが出て来て、その後ファッションがラグジュアリーブランドに入ってきます。
私がいたジョルジオ・アルマーニという会社は1975年に設立され、まだ40年しかたっておりませんが、ソフトスーツという物でここまで来ました。
衣料品やレザーグッズのブランド小売市場がどのように推移しているかといいますと、1回目のピークが1990年にありました。背景は男女雇用機会均等法で男女の賃金が同額になり、自宅から通い可処分所得の多い人達が自分に投資しました。その後バブルがはじけ株価が3分の1位になるにも関わらず、少し下がりながらもすぐに第2回目のブームが1996年頃に来ます。その後は人口の比率が変わってきて2001年頃まで右肩下がりに下がります。ここの所V字回復しているのは日本政府が観光に力を入れアジア・中国の富裕層が増えてきているからであります。海外からの観光客は2014年に1300万人でしたが、今年は8月にすでに到達し日本政府が2020年に2000万人と言っているのも来年位には超えるのではと思っております。中国人に支えられるブランドビジネスではないかと思われますが実は違います。全体のマーケットは小さくなってきましたが、トップ10のブランドの売上は大きくなっており間違いなく成長しております。1990年代にブランドの大衆化が広がりましたが、現在では価値の取捨選択をしながらブランド品を買うようになってきたのではないでしょうか。日本ではエルメスやグッチのカバンを持ちユニクロの洋服やインナーを着る事がありますがヨーロッパではあり得ません。現在業界として危惧しているのは若年層のブランド離れです。ブランドを支えるために、代表的なブランドがどのように価値を意識させているかと申しますと下記のようになります。
 

エルメス高品質・バッグ・ケリーバッグ・多数のセレブリティ―が持っているきれいなスカーフ柄・馬具
 
シャネル女性の憧れ・シャネルスーツ・シャネルNo5香水・キルティングバッグ・ロゴ黒/白・ベージュ
 
ジョルジオ・アルマーニ男らしい・強い・イタリアのデザイナー・男性の服アンタッチャブル/アメリカンジゴロ・スーツ
 
ルイヴィトン高品質な塩化ビニール素材・モノグラムの柄・目立つ大きな店舗、ファッショナブルなバッグ・バッグやラインに名前 (モノグラム・ヴェルニ・ネバフル)
 
ブランドというものはずっと続けているとブランドと買われるお客様が年をとっていきます。例えばセリーヌというブランドでは昔は馬車のマークで非常に良かったのですが、年とともにそれをお求めになるお客様が年を取ってきました。そこで新しい事をする為に新しいデザイナーをいれてブランドを若返らせました。それまでそのブランドを買い支えていたお客様が全部去りますが、5年後10年後を見た時はその方が良いという英断をします。
同じようにルイヴィトンでも若返りに同じような事をしました。通常ブランディングを考える時、一般的にはマーケットイン(よく市場調査をして一番お客様がどういう物を欲しがっているかを考えそれを造って販売していこう)という考え方ですが、ブランドビジネスはプロダクトアウト(顧客が誰か判らないけど、自分たちが伝えたいものはこういう物だから)という形を取る事もあります。もう一つ大事なところは、適正価格とよく言うと思いますけれども、今、あるクオリティーの物がある値段で売っている時、次にいく時、日本の従来の考え方は価値を維持して値段を下げますが、我々は価値を高めて価格を維持または上げていくという考え方をとります。日本の経済をずっと引っ張っていた「良い物を安く大量に」とはある意味全く逆で、「良い物を高く少量に」というのがラグジュアリーブランドの今の生き方です。ブルガリの事についてお話ししますと、もともとギリシャからローマに来た銀職人でしたが金、石を使うようになりました。宝飾と時計いうイメージがありますが時計は実はまだ20数年しかたっていません。もともと宝石商だったところに時計を導入し、その後香水、ホテルを作りブランドイメージを作っています。会社としてはブランドイメージを作りながらセーブ・ザ・チルドレンのような社会貢献活動も行っており、今までで20億円ぐらいの寄付を行っています。これからやっていくことは製品以外にライフスタイルを売っていくという事でミラノ・ロンドン・バリにホテルを持っています。来年上海と北京、2017年にドバイの人工島にも作ります。そこにはホテル以外にレジデンス等も作り開発します。ラグジュアリーブランドの今後の問題点とすると一つ目はブランドがライフスタイル全体を売るとは言いながらも、安全の為に商品を売らなければなりません。売るためには物凄くお金が掛かります。銀座の通りは家賃も、お店にかける投資も高いです。どこかのグループに入るか新しい投資家を見つけお金を確保し、また利益をしっかり取りながらブランドの希少性も維持しなければなりません。二つ目には中国や新しいマーケットやトラベルリテイル(免税店)への対応です。今後、中東、ブラジルインド、等の新興国が大きくなってきてその後どうなるかという事です。歴史のあるブランドは1800年代から出て来ておりますが、新しいラグジュアリーブランドが今後出てくるのかというのも個人的には思います。世界のブランドはLVMH、ケリング、リシュモンの3大のブランドグループに入っております。LVMHは酒、レザーグッズ、香水・化粧品、ウオッチ&ジュエリー、セレクティブ・リテーリングの5つのグループに分かれています。企業買収によってマーケットシェアをとって、グループ内で競争させます。デザイナーも変わる場合もあります。理念(バリュー)は5つ持っています。
 
● クリエイティブで革新的であること
● 卓越性を追及すこと
● ブランドイメージを高めること
● 企業家精神をもつこと
● 常に最高をめざすこと
 
LVMH以外に新しいプレーヤーとしては英国ファンドがヒューゴ・ボスやスシローに、ネグラルといカタール投資ファンドがバレンチノ・ガラバーニ、ミッタルファミリートラストというインドの鉄鋼会社がエスカーダに投資しています。私もサンモトヤマ以外は外資で働いていますが、基本的には能力主義で結果主義であります。日本の場合は「よく頑張っているよ」という言い方をしますが、「頑張っている」は関係なく結果を出せという違いがあります。ある意味厳しいですが判りやすいです。
特に外資で求められる人材は、英語は必ずしもファーストプライオリティーではありませんがコミュニケーションは取れなければならないといいます。簡単に言うと英語は必要です。私は立教で育ちましたが、高校・大学で普通に学べば話せます。話せるかどうかは本人の問題です。話せる機会を作るように皆さんチャンスを与えてあげられば良いと思います。また個人と個人の関係といものが強いです。外資はトップダウンが強いですが、決してイエスマンは望まないのですが、ノーと直ぐに言う人は嫌いです。自分の考えを持ってしっかり伝えられるような人材を好みます。上司をたててあげながら自己主張できる人も必要です。あとは物事を理路整然と伝えるプレゼンテーション能力が重要です。これからは考え方が外国と同じになっていかないと通用しないと思いますので、息子さんたちにをグローバルな物の考え方を教えて差し上げれば良いと思います。

 

 
井波 博 氏:プロフィール

1956年 東京生まれ。小学校より立教で学び、1979年立教大学法学部法律学科卒業。
日本のラグジュアリー業界のパイオニアであるサンモトヤマに入社し、富裕層ビジネス、ラグジュアリービジネスの基礎を学ぶ。Gucci Hermes Etro等の海外ブランドの仕入れ販売を行なう。
1988年アルマーニの日本上陸と同時に同社に参加、Giorgi Armani、Emporio Armaniの拡大に貢献。
Armani Collezioniブランドの新しいビジネスモデルを作る。 
その後旗艦店「銀座タワー」をオープンさせる。
2007年クリスチャンデイオール 取締役バイスプレジデントとしてセールス&マーケティングを統括。
2011年イタリア宝飾ブランド ブルガリのリテールディレクターとして就任。
2010年立教大学ビジネスデザイン研究科、大学院、学部にて講壇
2012年立教大学 観光研究所 特任研究員

 
 

 
 

 
クラブ活動報告:
○ 高校インターハイ出場報告
(1)空手道部(1−8山中 望未)山中君はインターハイ準優勝、国体出場で準優勝
(2)サイクル部(3−1橘田 和樹)
(3)水泳部(2−1滝沢 健次)
(4)馬術部(3−2金澤 隼人)
(5)陸上部(3−3安達 裕次郎)
(6)フェンシング部(3−7高木 良輔)

○ その他の全国大会等報告会
(1)ジャズ研究会(3−6古平 健太朗)
第3回全国高等学校軽音楽コンテスト優秀賞
(2)中学フェンシング部 (3−C矢島 潤一)
第1回全国中学生フェンシング選手権大会 団体戦優勝
(3)高校フェンシング部(2−7齊田 健吾)(1−3中村 冠太)
今年の12月の全日本フェンシング選手権大会に出場