チャペルアワー礼拝 クリスマス礼拝

 
第1部 礼拝

日 時: 2016年6月4日(土)14:00〜16:00
場 所:立教学院聖パウロ礼拝堂(立教新座チャペル)
 
司 会:桜井 副会長
出席者:55人
 

挨拶:佐渡文浩 会長
本日はお忙しい中、セントポール会主催のチャペルアワーにお越しくださいまして有難うございました。このチャペルアワーには一部と二部がございます。
一部では普段生徒たちが行っている礼拝を保護者の方にも体験していただこうという事でございます。一部ではアコライト、クワイヤーのアンセムがあります。二部では立教新座高校ジャズ研究会によるミニコンサートを開催の予定でございます。
ごゆっくりお楽しみいただければと思います。どうぞ宜しくお願い致します。


挨拶:村上和夫校長
みなさん、村上でございます。ようこそお越し下さいました。
この礼拝堂の歴史は半世紀を超えておりまして、綺麗ですが、結構古い建物です。私もこの高校の卒業生でございまして、良い思い出のあるところです。会長も卒業生ですから同様の事と思います。ここは我々の生活の中心でございまして、当時一番重い罰というのは何だったかと申しますと、チャペル掃除でした。たとえば、私は寮生活をしていましたから、部屋が汚いとか、時間に遅れるとかそういうことが重なって参りますと、チャペル掃除をする事になるわけです。床を丁寧に丁寧に磨いたという記憶がございます。不思議なもので、ここに来てチャペルの床を磨くと、自分の気持ちは変わっていくのですね。私たちの学校はキリスト教の学校ですから、心根を正すのに一番いいことだったのではと思います。
立教はキリスト教の学校ですから、人と人との関係をきちんとできるようになるというのが、我々の大きな目標です。その中でとても重要なのが、違う人を受け入れるという事です。
喧嘩が起きたり、それがいじめのような事になった時に、生徒の話を聞いていると、相手を受け入れることができないから怒ったのだというような事をいいます。
それではいつまでたっても人間は仲良くできません。生徒には、相手の事をまず受け入れるところから話はスタートするのだというような事を言っています。
ここ一年二年、中学校から高等学校に上がって行くと、男の子なのに、すごく優しい子が出来上がっていくという感じがされるかもしれません。親の言う事は聞かないかもしれませんが。
その子たちが大学を卒業して、会社に入ってしばらく経つと周りの皆さんが何と言うかと言うと、「立教の卒業生がいないと会社がうまく動かない」と言います。
それはどんな事かというと、みんなを受け入れて組織を作り上げていくという力が、私どもの

卒業生の力です。組織を潤滑に動かしていく、組織に息を吹き込むというのが、私たちの卒業生のすることであります。それはまさにこのチャペルが中心となって、育っていくというものでございますので、今日この礼拝を通じて、私たちがそれをどうやって学んでいくのかを体験していただければと思います。どうぞ宜しくお願い致します。


 

司 式 :金山チャプレン
聖 歌: 483番
聖書朗読: 申命記31章7節から8節 高校三年学年委員長 戸塚紀子さん

 
奨 励:鈴木伸明チャプレン
皆様、今日はようこそセントポール会チャペルアワーにおいでくださいました。本校の生徒たちは全員週1回、皆様が今お座りの席に座って朝のチャペルアワーを過ごしております。時間割の都合で朝は全員が揃わない高校3年生を除いて、週1回ずつ学年別にチャペルアワーを行っているわけです。生徒たちは本日同様、備え付けの礼拝式文と聖書を用いながら礼拝をしており
ます。礼拝の中でのお話は、カリキュラムを組んでおり、中学1年生は新約聖書の福音書、中学2年生は旧約聖書、中学3年生は新約聖書の半分を占めます手紙からパウロをはじめとする使徒の教えを、高校1年生は高校から本校に入学してくる生徒もおりますので、改めて福音書、そして高校2年生は使徒の手紙を中心に聖書箇所を決め、チャペルアワーを行っております。
さて本日の聖書の箇所は、申命記31章7節の言葉を選ばせていただきました。本校本館左隣にあります4号館、現在は学友会の部室として用いられている建物ですが、この建物は本館より
一足早く2013年1月より仮校舎として使用が開始されました。そして本館完成後に仕切りを
直し、学友会館の部室として再利用することになりました。これは当初から計画されていた事で、仮校舎としての使命が終わった後も取り壊すことなく、新たな使命を果たすことを想定して4号館は建設されたのです。この4号館の礎石、4号館正面入り口の右側になりますが、この礎石に刻まれているのが本日の聖書箇所である「強く、また、雄々しくあれ」です。当初は仮校舎として、そして学友会部室として用いる建物の礎石に刻まれる言葉として、この聖句は本校の建設委員会で選ばれ、現在の教頭の田中俊江先生がお書きになった文字が礎石に刻まれています。
この言葉は、出エジプトの旅を40年にわたって指導してきたモーセが、いよいよその人生を
終えるにあたり、イスラエルの人びとを指導する役割を、自分の従者であったヌンの子ヨシュアに委ねる際に言った言葉です。モーセはこの言葉をもって、自分がそれまで負ってきた使命をヨシュア引き継がせたのでした。では、「強く、また、雄々しくあれ」とは具体的にどのようなことを意味していたのでしょうか。この時にヨシュアが負う事になった使命は3つあり、ここ
から「強く、また、雄々しくあれ」の意味を考えてみたいと思います。
第一は、「目的地の回復」でした。出エジプトの旅の目的地であったカナン地方は、もともとイスラエルの人びとに神が与えた地でした。しかし族長ヤコブ・ヨセフの時代にこの地方を7年におよぶ飢饉が襲い、人びとはエジプトへ移住しました。そして人びとは430年もの長きにわたり、エジプトで生活することになったのです。エジプトでの日々が終わり、40年におよぶ出エジプトの旅を終えてカナン地方へ帰ってきてみたら、自分たちが留守をしている間になんと別の8/人たちが住んでしまっていました。この人たちと自分たちが一緒に住むのは不可能です。そこで留守の間に住んでしまった人たちに、「ここは私たちの土地ですのでお引き取りください」と言わねばなりません。しかし、長い月日が経過したこともあって、留守の間に住んでしまった人たちはこの地に先住者がいたのを知りません。そこで土地の取戻しは戦いを仕掛けて勝利をおさめるしかなかったのです。留守の間に住んだ人々は体も大きく強そうでした。また戦いですからかならず勝利するという保証はなく、その上どのような困難が待ち受けているかわからず、当然不安はあったでしょう。ヨシュアは、この戦いは侵略ではなく、自分の土地の回復であり、神によって与えられた土地を自分たちが責任を持って守るのである。敵にひるまず、困難から逃げず、与えられた使命を遂行するために全力を尽くせと語ったのです。
第二は「仕事を変える」ことでした。イスラエルの人びとはそれまで、羊を飼うのを仕事にしていました。草があるところ、水があるところを探して羊を移動させ、羊を育てていったのです。イスラエルの人びとはエジプトを出てから40年間旅をしていましたので、決まったところに住まずに、草があるところ、水があるところを求めて移動するのは、羊を飼うのに好都合だったのです。ところが目的地に到着し、彼らは定住することになります。そうしますと羊を飼うのは都合が悪くなります。草があるところ、水があるところは限られてしまいますので、定住生活に羊を飼うのは不向きです。そこで彼らは仕事を定住農耕へと変化させることになりました。一箇所に住んで農耕に仕事を変え、生きていくことになったのです。
仕事は、生活の基盤を支える重要な業です。これを変えるというのは口で言うほど簡単なことではありません。まして彼らはそれまで農耕をしたことがありませんでした。農耕にはカマや鍬など農機具も必要です。しかしイスラエルの人びとはこうした農機具を造る技術を持ち合わせておらず、これらは隣の国ペリシテから調達せざるを得ませんでした。また農耕を始めた後も、カマや鍬を自力で研ぐことが出来ず、ペリシテも持って行って研いでもらうしかありませんでした。ヨシュアは国中の人びとの基本産業を変化させるという、大きな困難を成し遂げねばならなかったのです。
第三は、「土地を分けて住み。部族ごとの連合社会を形成する」ことでありました。
皆様のお席にあります備え付けの聖書をもう一度取っていただければと思います。ご覧いただきたいのは巻末の地図の3、「カナン定住時代」です。イスラエルの人びとは部族ごとに土地を分けて定住していきました。この地図で太い点線で書いてあるのが部族ごとの土地の境界線です。
人びとはこのように部族ごとに土地を分けて住んだのでした。
土地を決める時、誰だって農業を行うのに向いた地域を手に入れたいと思います。実はこの
地図の上半分は気候もよく農作業に向いている地域です。それに対して下半分は荒涼とした砂漠が広がっていて雨期以外には雨が降らず、農耕には不向きな土地でした。定住状況を見てみますと、二つの場所に分かれて住んでいる部族もありますので、定住地を決まるまでにはかなりの紆余曲折があったのではと思われます。ヨシュアはそれぞれの土地が神から与えられた土地であることを人々に理解させ、その地でしっかりと定住農耕を行わせる使命を果たしていったのです。それだけではありません。その上で部族ごとの連合社会を形成し、自分たちは「イスラエル」という、一つの民族だとの自覚を促す役割も果たさねばなりませんでした。単に土地を決めて落ち着かせるだけでなく、それぞれが力を合わせて自分たちは一つであるとの自覚を持たせていくのがヨシュアの使命であったのです。
先ほど村上校長先生が組織化についてお話をなさいましたが、ヨシュアの使命もここにありました。そしてその使命を果たすにあたり、神がモーセを通してヨシュアに語ったメッセージが「強く、また、雄々しくあれ」であったわけです。すなわち、「強く、また、雄々しく」とは、目の前の課題から逃げることなくしっかりと取り組み、困難を乗り越えた先に、真の喜びと収穫がある。そして人々とまとめ、独りよがりになることなく、また人の言いなりになるのでもなく、しっかりと自分を律しつつ、皆とまとめていくのが、「強く、また、雄々しくあれ」の意味するところなのだと語っているのです。
これは立教で学ぶものに大切な示唆を与えてくれます。勉強はもちろんのこと、学友会活動にしても学校におけるどんな活動にしても、「強く、また、雄々しくあれ」の精神のもと、学校生活を送ってほしいと願い、4号館の礎石にこの言葉が刻まれているのです。立教の建学の精神につながる言葉が、この「強く、また、雄々しくあれ」であると言えるでしょう。
本日はこの言葉を学びながらチャペルアワーをお過ごしいただきました。生徒たちが週1日、その日の最初にチャペルアワーの時を持ち、聖書の学びをしながら一日を過ごしているのを覚えていただければと思います。そして「強く、また、雄々しくあれ」の言葉のうちに、日々を過ごしているのをご理解いただければと思います。お話を終わります。


クワイヤーアンセム:君は愛されるために生まれた
奏 楽:賛美する喜びと

 

学友会活動報告

司 会: 3-6 高平基裕(副会長)
剣道部: 3-1 山口裕人(マネージャー)
空手道部: 2-7 山中望未
スキー部: 3-4 高橋世名、3-6石田 直

 
 
 

第2部 部活のコンサートについては 「チャペルアワー コンサート」のページをご覧ください。